ある若い男Aさんが古いアパートに引っ越してきました。
彼は値段さえ安ければ古くても気になりませんでした。
引っ越し作業を終えたとき,すっかり夜になっていました。
疲れてしまったAさんはそのまま眠りにつきました。
どれくらい時間が経ったでしょうか。
ふと目が覚めると隣の部屋から若い男女の話声が聞こえます。
とても楽しそうに談笑しています。
「そういえば,お隣さんにあいさつするのを忘れていたな。明日にでも行くかな。」
そんなことを思いながらウトウトし始めました。
すると,突然,若い男女が何か言い合いを始めました。
どうやらたわいもないことでケンカになったようです。
「うるさいなぁ・・・。寝かせてくれよ。」
Aさんはふとんに潜って眠ろうとしました。
男女のけんかの声はだんだんとエスカレートしていきました。
そしてついに・・・。
女の声が聞こえなくなりました。
Aさんは何事かと思って壁に耳をあてて,様子をうかがってみました。
男が何かつぶやいています。
「やべぇ・・・。やっちまった・・・。」
Aさんは何やら嫌な予感がしましたが,再び布団にもぐりました。
しばらくすると隣の部屋からこんな音が聞こえてきました。
ギーコ・・・。
ギーコ・・・。
まるでのこぎりで何かを切断するような音です。
「ちょっと,この話,やばいやつじゃ・・・。」
すでに学年の子供たちは震えていました。
さらに稲川先生のお話は続きます。
Aさんは耳をふさぎ,聞かないようにしました。
音が止んでほっとしていると,
今度は何かを洗い流すような音が聞こえてきました。
ピシャピシャピシャ・・・。
ジャバジャバ・・・。
ジャー・・・。
そしてまた,
ギーコ・・・。
ギーコ・・・。
この繰り返しが明け方まで続きました。
「昨日の嫌な音はなんだったんだろう・・・。」
朝,Aさんは隣の部屋の前に行き,扉をノックしました。
しかし返事はありません・・・。
そこで大家さんを呼んで事情を説明しました。
すると・・・。
大家「音が聞こえた?そんなはずはないよぉ。」
「いやいや,本当なんですって!
何かを切るような音とそれを洗い流すような音が・・・。」
大家「絶対にそんなはずはない。だって・・・。」
大家さんは持っていた管理用のカギで隣の部屋の扉をあけました。
大家「この部屋は空き部屋だよ。誰も住んでないんだから・・・。」
「そんなばかな・・・。昨日確かに聞こえたのに・・・。」
大家「実は,1年前にこの部屋でバラバラ殺人事件があってね。
殺されたのは恋人の女。そのあと,ここに住んでた犯人の男は逃げたんだけど,
逃げている途中で交通事故にあったみたいでね。
両方死んでしまって,それ以来この部屋は誰も住んでいないんだよ。」
Aさんは背筋が凍りつきました。
昨日,自分が聞いた音は昔ここで起きた殺人事件のやりとりだったのです。
その後Aさんはすぐにそのアパートを引っ越したそうです。
稲川「おしま~い。」