2023/7/15
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第3話 レオンVS御前 前編
天獄のバベルシリーズ 最終章
レオンさんはその身軽さで相手を翻弄(ほんろう)し,
隙を与えずに勝つパターンを身に着けていました。
さらに靴は専用の安全靴をはき,
攻撃と防御の両方に隙がありません。
目はいつもにまして真剣で,
まるでオオカミが獲物を狩る時の
眼力がありました。
御前は表情を変えることなく,
両の手でレオンさんの攻撃を受け流していました。
「守るだけしか能がないのか?」
彼が珍しく相手を挑発しました。
御前「それは失礼なことをした。」
そう言った瞬間,
レオンさんの視界から消えました。
老体とは思えぬ動きで,
素早く後ろに回り込みました。
彼が御前を再び視界に捉えた時,
敵の左手はバズーカモードになっていました。
瞬きする猶予(ゆうよ)なく,
それは解き放たれました。
大きな轟音と煙と共に地面がえぐれました。

石原「さすがでございます。」
カンジが御前に賛辞を贈ると,
上空からレオンさんが飛びかかってきました。
どうやらあの一瞬で爆風を味方につけ,
空へ避難していたようです。
「(リク君ほど上空から攻めるのは
得意じゃないんだけどな。)」
強烈なかかと落としが
御前の頭部に命中しました。
「やった!やりましたよ!」
だぬちゃんが喜んだのもつかの間でした。
御前は血の一滴も流すことなく,
平然としていました。
頭部に命中した一撃は,
全く致命傷になっていませんでした。
「完ぺきに決まったはずですよね・・・?」
彼が落胆する暇もなく,
レオンさんは次の一手に出ていました。
空手の心得もあったので,
拳と蹴りをうまく使い分けながら攻め続けます。
「さすがレオンさん。
あの御前を相手に互角!」
イツキ君は少々興奮気味でした。
まさらちゃんはリク君に
声をかけながら手当てを続けます。
やけどした部分を冷やし,
血が出ている個所は止血し,
体が休まる姿勢にして寝かせていました。
「リク君・・・。」
彼女は何度も泣きそうになりながらも
必死でこらえていました。
石原「御前,お戯れはそろそろ・・・。
御時間も限られております・・・。」
カンジは御前に対して,
恐る恐るそう進言しました。
御前「で,あるか。」
突然,御前の動きが機敏になりました。
レオンさんの蹴りを自らの手で止め,
わずかなスキをつきました。
彼が姿勢を崩したのは
ほんのわずかな時間でしたが,
御前は見逃しません。
金属製の義手が連弾となって
レオンさんの体に何発も命中しました。
その威力は今までに
受けたことがないほどの衝撃でした。
必死で防御態勢を取ったものの
かなりの数をくらってしまいました。
「ごほっ・・・。」
目の前に黒い影が刹那の速さで過ぎ去りました。
そのあとすぐ,
頭部に猛烈な痛みを受けました。
回し蹴りが直撃したようです。
高齢を感じさせない機敏な動きに,
そこにいた皆は驚きを隠せませんでした。
倒れこんだ体の下に
足をはめ込み,
力を籠めると,
彼の体が宙に浮きました。
「がはっ・・・!」
その状態から渾身の拳を
みぞおちにくらってしまいました。
彼は苦しそうに悶え,
立ち上がることはできません・・・。
少年昆虫団は総悲観状態でした・・・。
第4話 レオンVS御前 後編
天獄のバベルシリーズ 最終章
御前の攻撃をまともに受け,
レオンさんはまだうずくまったままです。
「そんな・・・。」
御前「さて,後は簡単な作業ぞ。」
そう言いながら,
イツキ君たちに近づいてきました。
「ヤバイよ!
マジでヤバイ!」
みんなはパニック状態です。
「もうおしまいです・・・!」
その時,
「子供たちに・・・
手を出すんじゃない!!」
なんと,レオンさんが
瀕死の状態から立ち上がりました。
「(はぁはぁ・・・。
もうこうなったら後の事を
気にしてはいられない・・・。)」
彼が何かをしようと動きを見せると,
御前「ほぅ,まだ歯向かう力が
残っておるか。
感心,感心。」
再びレオンさんの方を
向きなおしました。
石原「諦めよ。貴様らは全員,
事故死したことになるのだ。」
彼が大きな声で宣言すると,
「そんなことはさせない!」
レオンさんが反論し,
再び御前に向かっていきました。
その動きは瀕死の状態とは
思えないほどでした。
石原「あれは・・・!?」
驚きを隠せない様子でいると,
御前「菊水華の幹部であればこれくらいは・・・な。」
レオンさんは腰を深く落とし,
まっすぐに拳を構え,
渾身の力を込めた正拳突きを放ちました。
敵は初めて本気でガードの
姿勢を取ったように見えました。
御前「さすが・・・よ。」
「まだまだ!」
レオンさんは隙を見せることなく
徹底的に連続攻撃を続けます。
攻撃がやめば,
後ろにいる少年昆虫団が
餌食となってしまうことが
わかっていたからです。
「情けねぇ・・・。」
「え・・・?」
思わず聞き返しました。
「俺たちはレオンさんや
リクに頼りっぱなしだ・・・。」
力強く握りしめる拳からは
肉に爪が食い込んで,
血がしたたり落ちていました。
「オイラやるよ!」
トシ君が二人の前にでます。
「いや,無理でしょ。
こんな状況でツッコませ
ないでください!」
「何も勝てなくてもいいんでしょ?
リク君さえ回復してくれれば,
なんとかなるよ。
それまではオイラができることと言えば,
時間稼ぎくらいだ。」
なにやらトシ君が少し格好よく見えました。
「ふっ・・・。その通りだ。
何も自分を卑下する
ことはなかったんだ。」
大きな音と共にレオンさんが
吹き飛ばされてきました。
「うう・・・。」
目の前で倒れこんでいる
レオンさんに声をかけます。
「レオンさん大丈夫か!?」
石原「はははは・・・。
例えその能力を解放しようとも,
御前の足元にも及ぶまい。」
相変わらず嫌みの
こもった声で侮辱してきます。
「トシ,準備はいいか?」
「おう!」
トシ君はお腹をポンっ
とたたきました。

「!?」
彼が止めに入ろうした時,
二人は御前に突進していきました。
「まじすか・・・。」
絶望的な状況ですが,
彼らの行動で一筋の光を
見出すことができるのでしょうか。
第5話 幹部たちの動向
天獄のバベルシリーズ 最終章
御前会議が終わった直後に
御前より勅命が出ました。
それは各幹部に任務や休息を与え,
このバベルから離れよとのことでした。
全員がその勅命に違和感を覚えましたが,
御前にご意向を伺うなど誰もできません。
各々が指示に従い,
行動に移します。
山本はバベル内で待機をしていた
二人の部下と共に大牧山へ向かうことになりました。
車で国道41号線を1時間ほど
走らせると到着する距離です。
道中,車内では・・・。
南雲「御前会議お疲れさまでした。
しかし,なんでまた急に訓練なんて・・・。」
山本「さぁな。」
彼は後部座席に座ったまま
何やら考え込んでいました。
助手席に座っていた古賀が,
古賀「御前にはきっと何か
深いお考えがあるんですよ。」
と言いました。
ちなみに彼らは御前に謁見したことがありますが,
回数は数えるほどしかありません。
準幹部程度では,
御前の存在は遠く,
何度も会えることはないようです。
山本「源田から兵隊を借りてきた。」
どうやら精鋭部隊を使って
何らかの訓練を行おうとしていました。
川蝉の二人は彼らよりも少し
早めにバベルをから出ていました。
車で1時間半ほどの
場所までやってきました。
そこは岐阜県の温泉街でした。

木戸「東條さん,
この前もここに来ましたよね?」
東條「気分転換だよ。
それに温泉は傷の治りを
よくするって言うでしょ。」
二人は前にもこの場所へ
来たことがあるようです。
木戸「俺の傷はだいぶ
よくなりましたよ?」
東條「まぁまぁ。
深くは気にしなくていい。」
東条は部下にそう言うと,
それ以上は何も答えませんでした。
木戸「(正直言うと別に俺は温泉が
そんなに好きじゃないんだよな。
それにここってジメジメするし,
蚊も多いし・・・。)」
藪蛇の二人は豊橋へ向かいました。
この街にはJFの支部があるようです。
駅からほどよい距離にある建物がそれでした。
見た目は一般企業の看板を背負っているので
世間から疑惑の目で見られることもありません。
マヤ「アヤ様・・・。」
マヤが後ろから声をかけました。
アヤ「なあに?」
アヤは振り返ることなく
気のない返事をします。
二人は建物の中に入り,
ロビーを歩き続けます。
エレベーターで最上階へ行くようです。
マヤが意味深に声をかけた理由も,
彼女たちの目的も一切不明でした・・・。
最後は森熊の源田と
キラーの動向です。
二人は完全なオフが与えられました。
キラーは自分の持ち場に戻ると言って,
その場を去りました。
源田はいくつかの精鋭部隊を
山犬へ貸し出す手続きを
行ってからバベルをでました。
大陸製の車に乗り,
南へ向かって車を走らせました。
源田「(オフとはいえ,
我々の脅威になりそうな連中に
ついて調べておく必要がある。)」
御前は幹部たちがバベルに
いない状況を作り出し,
菊の幹部と少年昆虫団を
誘い出しました。
最も長い8月15日が続きます・・・。
第6話 片翼の勇者
天獄のバベルシリーズ 最終章
バベル屋上の端,
高いフェンスの傍に
まさらちゃんがいました。
弱り切ったリク君に
寄り添うようにして治療しています。
すぐ目の前では御前が迫って起きており,
それをイツキ君とトシ君が止めようとしています。
「逃げろっ!!」
大きな声が響き渡りました。
「リク!?」
イツキ君が後ろを振り返ると,
そこにはふらふらの状態で
立っているリク君がいました。
リク君は近くに落ちていた
二本の捕虫網を手にします。
御前「ほう。ゲームに例える
ならば勇者復活か・・・?」
御前は口元が緩み,
おもわず笑っていました。
イツキ君とトシ君の間をすり抜け,
突進してきます。
「まさらちゃんありがとう。
危ないから離れて!」
そう言って,彼女を遠ざけます。
「わかった。
でも無理しないで!」
御前の左手から繰り出してきた拳を受け,
その直後に右側に避けました。
「はぁはぁ・・・。」
「リク・・・君・・・。」
レオンさんもリク君が
立ち上がったことに気付いたようです。
「状況は不利だが・・・
絶対にここでお前を倒す!」
「大丈夫なんですか!?
ふらふらに見えますけど!」
だぬちゃんが心配します。
御前「その意気や良し。」
リク君は見た目よりも
回復してきたようです。
「とりあえず邪魔に
ならない場所へ避難しよう。」
トシ君はまさらちゃんと
だぬちゃんがいる所へ合流しました。
「絶対に倒す!」
その掛け声と共に,
巧みな連続攻撃を繰り出します。
―大地一刀流 神速の打突―
御前が攻撃を避けるのを確認すると,
―大地一刀流 地を這う虎(アース・タイガー)―
一足飛びに間合いを詰めます。
この攻撃は重心を低くし,
間合いを詰めるのに適しているようです。
しかし御前には届きません。
―大地一刀流 闇の夜月(ムーンライトナイト)―
肩先から斬り下ろしますが
御前はその左の義手で受けきります。
御前「ふむ。心地よい連続攻撃ぞ。」
いつの間にか石原(カンジ)が
御前の隣にいました。
リク君は間合いを計りなおす
ために一度距離を取ります。
石原「御前,お使いください。」
彼は御前が最初,
手にしていた金属製の細い杖を手渡しました。
御前「そこまでの相手か?」
石原「恐悦至極ながら油断大敵かと存じます。」
御前は杖を逆さに持って構えます。
ただの杖ではなさそうです。
御前が正面を向くと
そこにリク君はいませんでした。
―大空一刀流 奥義
片翼の勇者(アテネ・イカロス)―
真上からの攻撃ではなく,
斜め45度の上空から,
まるで翼が生えた勇者が
舞い降りるかのような出で立ちで
斬りかかる神速の奥義です。
御前はこの攻撃に難なく反応し,
杖を大きく振り上げました。
ガキィィィン!!
バキンッ!!!
大きな金属音と衝撃波が
あたりに響きます。
カキン・・・。
カラン・・・。
カラン・・・。
何かが折れた音と
それが転がる音がしました。
「・・・!?」
リク君の顔が青ざめています。

彼の視線の先には
折れた捕虫網がありました。
第7話 折れた捕虫網
天獄のバベルシリーズ 最終章
リク君は捕虫網が折れてしまった
事実に戸惑いを隠せませんでした。
「そんな・・・。」
折れたのは月読(つくよみ)の方でした。
「リク君!悲しむのは後だ!
今はこの状況を何とかしないとまずい!」
レオンさんが後ろから駆け寄り,
声をかけてきました。
「うん・・・。
そうだね・・・。」
御前「おやおや,意気消沈ぞ?
まだもう1本残っておるではないか。」
少し馬鹿にしたような口調で
そう言って,高笑いしました。
石原「これぞ,現人神(あらひとがみ)である御前のお力!
下賤(げせん)な人間の貴様たちに叶う道理はない!」
「何が・・・神だ・・・。
オレからしたらお前は日本を
征服しようとする大魔王にしか見えない。」
リク君が渾身の力を
絞って言い返しました。
御前「魔王か・・・。
そう呼ばれるのも一興かもしれん。」
石原「御前,下賤(げせん)な人間の
言うことなどお耳に入れるまでもありません。」
イツキ君がリク君に近づいてきました。
「リク,俺の考えを言うぞ。」
リク君は目にまだ力が戻ってきません。
最初にやられたダメージも残っていました。
「今は撤退だ。
悔しいがあいつに
勝てる奴はこの場にいない・・・。」
イツキ君がそう言いました。
「冷静に状況が分析できていてうれしいよ。
オイラも全く同じ考えだ。」
「うん・・・。
わかった・・・。」
何より相棒を失って気落ちしたリク君に,
これ以上戦わせるのは無理だと思ったからです。
「問題はどうやって
逃げるか・・・だ。」
「確かに・・・。
エレベーターを使うには
あの二人の間を抜けなくちゃいけない。」
現在の位置関係では,
エレベーターがある場所のすぐ近くに
御前とカンジが立っているため,
逃げ出すことは不可能でした。
御前「無駄な打ち合わせはもう良いかな?」
レオンさんが口を開きます。
「オイラが隙を作る。
その間にみんなは逃げるんだ。」
「そんなことできるかよ!
いくらレオンさんでも
あの二人を止めるのは無理だ。」
リク君もその意見に同意しました。
「そうだよ。
オレはまだ戦える・・・。」
しかしその言葉に
覇気はありませんでした。
御前「この期に及んで逃げようとするとは無益ぞ。」
どうやら会話の内容が
ばれてしまったようです。
すると御前は左手の義手を
再びバズーカモードにしました。
「なっ!!」
「おいおい!
またバズーカ砲が飛んでくるよ!!」
トシ君は軽くパニックに
なって騒いでいました。
御前「逃げる暇など与えぬぞ。」
御前は左腕を肩より上にあげ,
右手で左手を支えながら構えました。
次の瞬間,
ものすごい数のバーズカ砲が
そこから放たれていきました。
「逃げろっ!!」
前衛にいた三人はちりぢりに
なってよけ始めます。
「あいつ,
威力を落として数で勝負してきたんだ。」
砲撃は鳴りやむことはありません。
何発かだぬちゃんやまさらちゃんの
いる場所まで飛んできました。
みんなは必至で逃げます。
ボンッボンッボンッ!!
「きゃぁぁ!!」
「やばい!
あんなのに当たったら死にますっ!」
阿鼻叫喚となっています。
「まじで砲撃の嵐だ!
威力を落とすかわりに数撃てば当たる戦法か!?」
「それでも一発一発が
150mmりゅう弾砲級の威力があるぞ!」

トシ君がニワカ知識の
軍事用語を使って叫びます。
そしてどこかの漫画のワンシーンから
盗ってきたようなセリフを吐きます。
石原「ここは地上よりはるか上空。
砲撃の音はただの雷の音くらいにしか聞こえぬ。」
御前の砲撃により,
屋上の地面はどんどんとえぐれ,
損傷していきました。
石原「組織に仇なす連中を
抹殺できるならば安いものですな。」
石原(カンジ)は御前の行動を
傍で静かに見守りながらそう言いました。
第8話 大魔王からの脱出
天獄のバベルシリーズ 最終章
御前は威力を落とし,
数で勝負した砲撃で
少年昆虫団たちを苦しめます。
「とにかく,オイラが隙をつく!」
「だぬちゃん,まさらちゃん,
トシ!逃げるぞ!」
リク君が合図をかけ,
三人は少しずつ近づいてきました。
レオンさんは御前の間合いに入り,
相手の左腕をつかみ,
砲撃を止めました。
御前「ほう。ここまでたどり着けるとは。」
カンジが御前に
駆けつけようとした瞬間・・・。
イツキ君が顔面に向かって
上段蹴りを放ちました。
石原「小僧。これは何のつもりかな?
年上には敬意を払えと習わなかったか?」
カンジはイツキ君の蹴りを
右手で軽く受け流しました。
「やはり,
こいつも相当強い・・・。」
二人が一瞬だけ相手を抑えているすきに,
三人を連れたリク君が間を抜けて
エレベーターへたどり着きました。
「これで逃げられる!」
だぬちゃんは必死に手を伸ばし,
エレベーターのボタンを押しました。
「やったっ!」
まさらちゃんの表情が少し緩みました。
・・・。
・・・・・。
・・・・・・。
「あれ?」
しかし,エレベーターは
反応しませんでした。
「どうなっているんですか!!」
だぬちゃんが思わず叫びます!
何度も何度もボタンを,
押し続けました。
すると御前が振り向き,
近づいてきました。
レオンさんはその場に倒れこんでいます。
どうやら反撃を受けてしまったようです。
御前「先ほど,うぬらは
余のことを大魔王と呼び捨てた。
まさにゲームの世界ではないか。」
さらに近づいてきました。
後一歩でリク君の攻撃が
届く範囲まで来ると,
御前「知らなかったのか?
大魔王からは逃げられない。」
全員がその言葉に絶句しました。
石原「貴様たちが逃亡できぬように
あらかじめエレベーターにロックを掛けてある。」
一日で最も暑い時間がやってきました。
全員が疲労とケガ,
暑さで倒れそうになっています。
時折,影が彼らを覆い,
熱を下げてくれますがそれも一瞬の事です。
雲の影はやってきては去りを繰り返します。
レオンさんは足元を
通り過ぎる雲の影を見て,
何かを思い出しました。

「そうだった・・・。」
彼はみんなに声をかけると,
自分の近くまで来させました。
御前と石原はあえて手を出しませんでした。
固まっていた方がまとめて
消しやすいと考えたのでしょうか。
「今からこの場から逃げる
ための最終手段を話す。」
彼は額からびっしりと汗を流し,
口からは血が垂れてふらふらの状態でした。
「この状況でどうやって!?」
「かなり危険な方法だが
これしかない・・・。」
果たしてその方法とは・・・。
第9話 決死の飛び降り
天獄のバベルシリーズ 最終章
御前の圧倒的な力の前に
なす術がありません。
少年昆虫団は撤退を決意します。
しかし,御前はこの場で彼らの
完全抹殺を企てており,
簡単に逃がしてはくれません。
レオンさんはある事を
思い出したようです。
その方法を使えば
逃げられるかもしれないと・・・。
「まずは奴に悟られないように
少しずつ距離を取って後ろに下がるんだ。」
「わかった。」
リク君はだぬちゃんとまさらちゃんと
トシ君をフェンスぎりぎりまで下げさせました。
御前はまだ何もしてきません。
次にリク君とイツキ君も
同じ場所までゆっくりと下がります。
レオンさんは御前と対峙したまま,
少しずつ下がっていきました。
御前「それでどうするつもりぞ?
その先は245m下まで落ちることになるぞ。」
「怖い・・・。」
彼女は震えていました。
「ここまで下がりましたけど,
この後はどうするんですか?」
「まさかここから飛び降りる
なんて言わないよね。」
みんなは先ほどの砲撃でフェンスに
人一人が通れる穴が開いている
場所の前で固まっていました。

「トシ君の言う通りだ。
そのフェンスの穴をくぐるんだ。」
「えっ!?いくらなんでも
飛び降りたら助からないだろ。」
レオンさんは渋る皆を
説得してフェンスをくぐらせました。
石原「まさか本当に飛び降りるつもりか?」
カンジが不機嫌な顔をします。
石原「御前,こやつらどうせ殺されるなら,
ここから飛び降りてジャファコンツェルンの評判を
落とそうとしているのではないでしょうか。」
彼らの所有するビルから集団飛び降り自殺が
起きたとなれば信用はがた落ちだと考えたのでしょう。
御前「それについては“表”に任せる。」
石原「はっ・・・!」
"表"とはジャファコンツェルンの
最高責任者である日暮という人物を
指しているのでしょうか。
「怖いかもしれないけど,
オイラを信じてここから飛び降りるんだ。」
「いやいやいや!
無理ですって!」
だぬちゃんは断固拒否しました。
まさらちゃんが恐る恐る下をのぞくと・・・。
リク君も何かに気付いたようです。
「よし,行こう!」
捕虫網を一本失って
元気がありませんでしたが,
それでもみんなの命を優先して,
気力を振り絞りました。
イツキ君も覚悟を決めたようです。
「だぬは俺に掴まっていろ。」
トシ君はレオンさんに掴まり,
まさちゃんはリクに掴まりました。
一瞬ためらった後,
レオンさんが合図を出しました。
その合図をスタートに,
屋上から足が離れます。
意を決してその場から飛び降りたのです。
「ぎゃぁぁぁ!
怖いっ!!」
石原「本当に飛び降りおった!
すぐに対応せねば!」
カンジは何やら慌てています。
御前は彼らが飛び降りた場所から
視線をずらすことなく見つめていました。
第10話 エピローグ
天獄のバベルシリーズ 最終章
バベル上空245mから飛び降りた時の
気持ちは何とも得難いものでした。
地上に吸い込まれるような
感覚と死の恐怖を明確に感じました。
まだ短い人生しか送っていませんでしたが,
それでも今までの記憶が走馬灯の
ように流れてきました。
飛び降りる直前,
だぬちゃんやまさらちゃんは
躊躇(ちゅうちょ)しました。
「死にます!死にます!」
イツキ君の腕を必死でつかみ,
叫んでいます。
「・・・!」
全員が覚悟を決めて飛び降りた瞬間・・・。
イツキ君とだぬちゃんの体は
何かやわらかい物に当たり,
落下の衝撃を緩めました。
同時に他のメンバーも落ちてきました。
見渡すと軟らかい素材でできた
物体が一面に広がっていました。
「これが天国か・・・。」
「天国に行けると
思っていたんですね。」
二人はすでに冷静になっていました。
「これは・・・!?」
「そう,これは・・・。」
なんとみんなが
落下した場所は・・・。
「飛行船の上さ!!」
「まさか・・・。」
飛行船はゆっくりと高度を下げ,
近くの広場へ向かっていました。
「しっかり掴まっていてね。
まだかなりの高度が
あるから落ちたら危ない!」
全員は軽い素材で作られた
飛行船の生地をしっかりと掴み,
姿勢を低くして着陸に備えました。
しばらくすると無事に飛行船は着陸し,
待ち構えていたレスキュー隊によって
飛行船の上部から地上に下ろされました。
リク君の捕虫網にはロッケトブース
機能がありますが,1本では不安定ですし,
全員を無事に着陸させることはできないので
“この方法があって本当に良かった”と
思っていたところでした。
そこには赤神氏と青山氏が
待ち構えていました。
赤神「無事でよかった・・・。」
振り返ると,
その飛行船には見覚えがありました。
「あれは・・・。」
「そう!愛知県警が啓発のために
先日から飛ばしていた飛行船だよ。」
飛行船には県警のマスコットキャラである
“ミミズクーちゃんけいぶ(クー警部)”が
描かれていました。

<この世界の愛知県警マスコットキャラ クー警部>
「でもなんであんなところに?」
「バベルに行く前に,
広報課長とすれ違ったでしょ。
あの時に,一応頼んでおいたんだよ。
あのあたりを周回していてほしいって。」
(第458話参照)
みんなはとりあえず
納得したようですが,
まだ飛び降りた時の恐怖が
ぬけきっていませんでした。
「ホントに怖かった・・・。」
レオンさんはこの事を御前との
戦闘に必死で,直前まで忘れて
しまっていたようですが・・・。
赤神「とりあえず警察病院へ行って
診てもらおう。
青山,頼んだぞ。」
青山「了解。」
レオンさんが救急車へ乗る時,
赤神「収穫はあったんだな。」
「ええ。戻ったら
すぐに報告します。」
そんなやり取りをしていました。
リク君は手元に残った折れた月読を眺め,
寂しそうにしていました。
逃げる直前にレオンさんが
拾ってくれていたようです。
「もっと・・・
もっと強くならないと・・・。」
リク君はそう決意したのでした。
一方,御前サイドでは・・・。
御前「バベルの修復と事後処理は任せる。」
石原「はっ!抜かりなきよう行います。」
御前とカンジはエレベーター内で
そんな会話をしていました。
御前「今回はなかなか楽しめた。
また近いうちに会えるだろう。」
二人を乗せたエレベーターは
下へ下へと向かっていくのでした。
天獄のバベルシリーズ ~最終章~ 完