リクの少年昆虫記-VS闇組織JF-

シリーズ別へ

TOPページへ

目次

*各項目をクリックすると目次が開けます

7篇 天獄のバベルシリーズ 序章 第1章1~9話

第1話 プロローグ

天獄のバベルシリーズ 序章
8月15日



少年昆虫団はこの日,

愛知県警本部へ来ていました。



時刻はお昼12時近くで,

すでに昼食は中野木大学ですませていました。



彼らはここに来る前に,

レオンさんの大学の研究発表を,

聴いてきたのでした。(379話参照)



彼らは1階のロビーで,

レオンさんと赤神さんと,

青山さんを待っていました。



5分ほど待っていると,

三人がそろってやって来ました。



赤神「お待たせ。」



「先ほどはどうも。

今日はなんか忙しくなりそうだ・・・。」



赤神氏が手を振りながら声をかけてきました。



レオンさんはまだ発表の疲れが,

抜けていないようでした。



それでも気を取り直して,



「今日は特別に警察内部を,

案内してあげるからね。」



と,元気に言いました。



「うん,楽しみー!」



ここに来た目的の一つは,

県警署の中を特別に,

見せてもらうことでした。



「それじゃあ,行こっか!」



青山「朝から,元気だねぇ・・・。

俺は昨日もライブで疲れているよ。」



赤神「体調が悪いなら,

知り合いの医者に診てもらった方が,

いいんじゃないか?」



青山さんは,首を横に振って,



青山「そこまでするほどでもないさ。

何時"あいつら"がやって来ても,

返り討ちにできるくらいだ。」



と,言いました。



"あいつら"とは,

日本国を貶め,

悪事を企む闇組織ジャパノフォビア,

通称JFのことです。



赤神さんとレオンさんが先頭でみんなを誘導して,

廊下を歩いて行きました。



途中,背の高い中年の男性に声をかけられました。



???「おや,君たちが少年昆虫団かな?

噂は聞いているよ。」



「え?だぬたちって,

警察内でも有名なんですか!?」



だぬちゃんは思わずうれしくなりました。



赤神「そりゃあ,有名さ。」



彼は続けて,



赤神「紹介しよう。

こちらは広報課の,

蒲郡忠義(がまごおり ただよし)部長だ。」



「広報ってどんな仕事するの?」



トシ君が聞くと,



蒲郡「我々がどんなお仕事をしているか,

市民の皆さんに知ってもらうための活動とか,

事件があった時に,

マスコミの対応なんかをしているんだよ。」







<蒲郡(がまごおり) 忠義 広報課長>



大変そうだな。

今,名古屋市内を飛び回っている飛行船も,

愛知県警の企画なんだろ?」



イツキ君が質問すると,



蒲郡「そうだよ,私自ら計画を立案したんだ。

よく見てくれているね,ありがとう。」



彼はそのあと,

少し赤神さんたちと会話を交わした後,

その場を去って行きました。



その後,一通り署内を見学し,

とある会議室へ案内されました。



「さて,ここからが本題だね。」



リク君は正面に座っていた,

赤神さんにそう言いました。



赤神「ああ。」



リク君が言う本題とは何なのでしょうか。



一方,時は少しさかのぼり・・・・。



第1話 御前会議1

天獄のバベルシリーズ 第1章
8月15日 午前7時

―闇組織JF本部"バベル"内にて―



JFの幹部たちはとある場所へ向かっていました。



この日は月に一度の御前会議が,

開かれる日だったのです。



御前会議とは,

組織のトップである

“御前”が参加する会議のことです。



ただし議題に上がった事について,

御前が意見を言うことは少なく,

議題を承認する形が多いようです。



時には御前が判断を下し,

命令を出すことがあります。



それは“勅命”といって,

組織の中では最も重い決断とされ,

最優先で遂行しなければ,

ならない命令とされます。



本日の御前会議では,

通常と同じような流れとなるのでしょうか。



ここに4人の幹部がそろって,

会議室へと向かっていました。





左からアヤ,山本,

源田,奥に今村と並んでいました。



トップシークレットの場所のため,

内部は暗くよく見えません。



アヤ「アタシ,ここ嫌い。

暗いしジメジメしているしさ。」

源田「文句を言うな。恐れ多いぞ。」




源田がアヤの発言をたしなめました。



しばらくして,

目的の場所へと到着したようです。



源田が扉の前であいさつをし,

中に入って行きました。



その扉は分厚く,

見た目からして,

かなり重い材質でできているようでした。



中には細長いコの字型のテーブルが用意してあり,

それぞれの席は場所が決まっていました。



窓はなく,

湿気が多い部屋で,

じめじめしている感じがします。



一番上座は御前が座るための,

豪華絢爛なイスが用意してありました。



まだ御前はいないようです。



御前の椅子から一番近い位置に,

一人の人物が座っていました。



彼の通り名は石原,

通称“カンジ”と呼ばれていました。



カンジ「皆の者,御苦労。」





<闇組織JF ナンバー2 石原(カンジ)>



なんとリク君たちが以前出会った老人は,

JFのナンバー2である人物だったのです。(105話参照)



カンジ「今日,議題に上がる少年たちに興味がある。

実は少々面識があってな。」

山本「・・・。」



山本は何も言わず静かに,

会議が始まるのを待っていました。



カンジ「ん?東條はどうした。

間もなく定刻を迎えるぞ。」

今村「ふぉっふぉっ。

迷子にでもなったんじゃないですかねぇ。」



今村は今日もテンションが高いようです。



源田「そんなわけないだろう。

何回ここにきていると思っているんだ。」



彼がその意見を否定していると,

扉が開きました。



東條が中に入って来て,

開口一番にこう言いました。



東條「すみません,迷子になっていました!」



さらにその後ろから,

生命工学研究所の所長である,

石井が入ってきました。



彼もこの御前会議の参加者の一人だったようです。



石井「おうおう,

悪そうなツラの連中がそろっておるな。」



嫌味を言いながら,

自分の席に座りました。



これで御前以外のメンバーがそろったようです。



東條「(あれ?僕の向かいの席が,

空いているな・・・?)」



座席はコの字になっており,

上座に御前が座ります。



右奥からカンジと石井が,

座っていました。



左奥から源田,

隣に山本となっていました。



山本の隣にアヤ,

その向かいに今村が座り,

東條は一番入口に近い場所に,

座っていました。



この部屋には先ほど源田が開けた重い扉のほかに,

もう一つ奥の方に扉がありました。



それは御前専用のものでした。



そして,

その扉が静かに開きました。



現れたのは・・・。



第2話 御前会議2

天獄のバベルシリーズ 第1章
御前会議が行われる場所は広すぎず狭すぎず,

必要な人数がちょうど入れるくらいの大きさでした。



そこには闇組織JFの幹部と生命工学研究所の所長である石井,

そして組織のナンバー2とされる石原が着座していました。



山本は珍しく帽子を脱ぎ,

頭を下げて静かに待っていました。



他の幹部たちも同様に,

こうべを垂れてその時を待ちます。



このようなしぐさ一つをとっても,

御前への畏敬の念が見られます。



彼らの多くは“大陸”の言語を母国としているようですが,

ここでは郷に入っては郷に従えということで,

日本語で会議を行っているようです。



上座のすぐ後ろにある扉が開きました。

そこから一人の人物が中に入ってきました。



全員が緊張感のあまり,

声も出さず,

静かに彼の動きを追いました。



その人物が豪華な装飾をした椅子に,

ゆっくりと腰掛けました。



カンジ「御前が有せられた。」



その姿は高齢とは思えないほどの威圧感と,

自信にみなぎっていました。



御前「皆の者,大義である。楽にせよ。」





<ジャパノフォビア(通称"闇組織JF")総帥 御前>



御前のお言葉で全員が顔をあげました。



カンジ「本日の御前会議では,まことに恐れながらも,

御前にも聖慮(考え,意向)いただきたく存じ上げます。」



御前「・・・。」



御前は言葉を発することなく,

静かにうなずきました。



カンジ「それでは,

さっそく議事を進行していく。」



ここからは幹部に向けて話を進めるため,

言葉遣いが変わりました。



先ほどのしぐさ同様に,

彼らにとって御前という存在は恐れ多い,

人間を超越した存在だということです。



カンジ「本日の議題は三つ。

一つ目は新幹部任命について。

二つ目は“御前の大望”に向けての,

進捗状況の確認と詳細について,

そして最後に・・・。」



彼は少し間をおいてから,



カンジ「菊水華の対応について,である。」



と,説明しました。



源田が挙手をし,



源田「空席となっていたユニット“沼蛭”の幹部を,

決めるということでしょうか。」

カンジ「そうだ。

そして先ほど議題といったが,

これについては決定事項でもある。」



カンジは御前に視線を向け,

何かを確認したようです。



今村は何も発言せず,

事の成り行きを見守っているように感じられました。



東條「どういうことです?」



下手(しもて)に座っていた,

東條が質問をしました。



カンジ「入れ。」



合図を受けて,

奥の扉から一人の人物が,

部屋に入ってきました。



その人物とは・・・。



第3話 御前会議3

天獄のバベルシリーズ 第1章
御前会議室の奥にある扉から,

入ってきた人物とは・・・。



影「みなさん,御機嫌麗しゅうございます。」



それはユニット“海猫”の配下だった,

影(シャドー)でした。



<ユニット沼蛭 新リーダー 影(シャドー)>



山本「なぜ,貴様がここに。」



山本がようやく口を開きました。



この時点で,

山本と影はどこかで,

一度顔合わせをしているようです。



今村「ふぉっふぉっ。

この人物が新幹部というわけですよ。」

影「今村さんには色々とお世話になりました。」



影(シャドー)は今村の席の前までやって来て,

深々と頭を下げました。



今村「カンジさんからお話を聞いた時は,

びっくりしましたけどねぇ。」

山本「どういうつもりですか,石原サン。」



山本は石原(カンジ)をにらみつけました。



カンジ「囀(さえず)るな小僧。

これは御前の御聖断である。」



山本「なっ・・・。」



“御聖断”という言葉が出た時点で,

幹部たちは何も言えませんでした。



それほどまでに,

御前が決断したことはゆるぎないことなのです。



影「今日は新幹部としてあいさつをさせていただきました。

この後の御前会議には,私も参加させていただきます。」



そう言って,

東條の横にひとつだけ空いていた椅子に座りました。



東條「なるほど,

君が座るためにここのイスが空いていたってわけか。」

影「ふふふ。何卒よろしくお願いします。」



影は東條にもあいさつをしました。



東條「神出鬼没,

正体不明で通している君が幹部か。

なかなか面白いですね。」

カンジ「それでは議題に入る。」



石原が議事を進めます。



源田「いよいよ本題ですな。」



彼らは手元に用意された資料に,

目を通し始めました。



石井「まずは私から研究報告をするとしよう。」



彼は追加のレジュメを配りました。



石井「7月29日のゲリラ豪雨の夜,

各務原山で漆黒の金剛石が再発見されたことはご存知だろう。」



この手柄は川蝉の東條による功績でした。



山本「俺はそれを聞いて,

すぐに南雲を東南アジアの紛争地域へ派兵した。

奴にもっと殺しの経験を積ませるためにな。」

アヤ「あら?

東條君が手柄を立てたことと,

何か関係があるのかしら?」



彼女が聞くと,



山本「これ以上,

そこの男に手柄を立てられたら,

山犬のメンツが立たない。」



彼は川蝉率いる東條にこれ以上,

出し抜かれないために,

南雲を鍛えなおす決意をしたようです。



それが7月30日のことでした。



その後,

5日ほど現地で過ごし,

多くの生死を懸けた経験を得て,

8月7日に帰国したようです。



そして翌日には,

作戦のために,

精鋭部隊の鷲隊長を,

暗殺しています。(第236話参照)



彼らがなぜ殺されなければならなかったのかは,

ここでは明らかになりませんでした。



東條「山本さんって案外子供っぽいですね。」



彼は山本を挑発するような物言いで,

語りかけます。



しかし,山本は無言を貫きました。



第4話 御前会議4

天獄のバベルシリーズ 第1章
―8月15日―



とある場所にて,

闇組織JFの幹部が一同に集まり,

会議を開いていました。



石井「漆黒の金剛石は,

小早川の奴に絶滅させられる直前まで,

研究が進められていた。」





<故小早川教授 (レオンの父)>



この出来事が起きたのが今年の4月だったようです。



当時は彼の仕業だと気づかれていなかったため,

引き続き組織に身を置いて,

ノアの書を盗む機会をうかがっていたのです。



石井「再発見後はただちに神の遺伝子の抽出に成功。」



御前はただ静かに,

会議の進行を見守っているようでした。



石井「8月6日より培養した“アレ”に組み込んだ,

試験品をばらまいている最中だ。」



アレとはいったい何を指すのでしょうか。



源田「軍医,

そうなると御前の大望はもう目の前なのでは?」

石井「源田よ,焦るな。

実験に焦りは禁物だ。」



少し間を置き,



源田「たしかに。

我々にとっての不穏分子が,

なくなったわけでもない。」



と言って,

自身の発言を,

撤回しました。



東條「それって,菊のみなさんのことですよね。」



この発言に全員が同意見でした。



これが本日3つ目の議題となっているようです。



アヤ「あとは,例のコも?」



それはリク君を指していました。



影「彼は手ごわいですよ。

私は戦ったことがありますが,

並大抵の実力じゃありません。」



どうやら影はリク君の実力を,

高く評価しているようです。



山本「心配するな。

あのガキ共は俺達が必ず消してやる。」



彼は自信満々にそう言いました。



東條「でも南雲さんにその計画の指揮をさせたら,

失敗したじゃないですか。」



彼の発言は嫌味たっぷりでした。



しかし先ほど同様に山本は反論しませんでした。



この後,闇組織JFの懸念事項である“菊”と,

少年昆虫団をどう排除するかが議論されました。



引き続き,

菊暗殺作戦は継続していくということで結論が出ました。



それは全ユニットが連携して行われるということです。



最後に,

御前から御言葉がありました。



全員が直立不動となり,

緊張の面持ちでした。



御前「皆の者,御苦労であった。

引き続き,組織のため尽くしてまいれ。」



そして,御前は奥の扉から部屋を出て行きました。



カンジ「この後は,各自持ち場へ戻るように。」



その前に,

石原(カンジ)よる事後連絡があるようです。



カンジ「本日は“バベル”にて,

午後13時半から一般人に,

見学ツアー企画を行っている。

表向きは超優良企業となっているからな。

これも地域密着型企業による活動の一環だ。」



山本「くだらん。」



彼は一笑に付しました。



源田「そう言うな。

安重昏氏のことも考えてやれ。

その苦労は並大抵のことではないはず。」



彼は表のトップに君する人物の,

気苦労を知っているようでした。



その視線は石原に,

向けられているようにも感じられました。



彼は表と裏の仲介役を,

こなしている存在なのでしょうか。



カンジ「というわけで,

お前たちがここをあまりうろついて目立つとまずい。

午後はバベルから離れて活動をするように。」



この命令で,

山犬は通常訓練のため,

小牧の山奥へ向かうことにしました。



東條は先月に負傷した木戸と共に,

温泉へ行くことにしました。



名目は木戸の傷を回復させるため,

というものでしたが果たして・・・。



藪蛇のアヤはマヤと共に,

JF支部がある豊橋へ車を走らせました。



森熊の源田とキラーには,

休暇が与えられました。



彼はバベルを離れることを少し渋りましたが,

御前による勅命だと言われ,

止むを得ず納得しました。



今村は山犬についていくことにしました。

影はいつの間にか姿を消していました。



こうして12時前には,

御前会議は滞りなく終了しました。



石原は彼らが出ていくのを見送り,



カンジ「これでよろしかったのですね。」

御前「うむ,大義であった。」



扉の奥から物々しい御前の声が,

聞こえてきました。



御前「久方ぶりに面白き日になりそうぞ。」



そしてリク君たちにとって,

忘れられない運命の,

8月15日午後を迎えます。



天獄のバベルシリーズ ~第1章~ 完





7篇 天獄のバベルシリーズ 第2章1~8話

第1話 天獄への見学

天獄のバベルシリーズ 第2章
8月15日 

場面は再び少年昆虫団となります。



少年昆虫団はレオンさんと一緒に,

愛知県警本部に来ていました。



通された部屋は広く,

普段は会議などで使われているような場所でした。



部屋には赤神氏と青山氏も一緒にいました。







リク君は,

自分たちが呼ばれ本当の理由を聞きました。



表向きは県警本部の見学となっていましたが,

本当の目的は別にあったのです。



赤神「察しがいいな。」



彼は感心しました。



「さすがに見学会に来てくれじゃあ,

信じないぜ。」



昆虫団は赤神さんが何を口に出すか,

じっと待っていました。



赤神「実は本当に見学会に行ってもらいたいんだ。」



みんなは意外な内容にびっくりしてしまいました。



「どういことですか?」



まさらちゃんが挙手をして質問をしました。



「これを見てほしい。」



レオンさんは机の上にパンフレットを置いて,

みんなに見えるようにしました。



「何これ?

難しい字が書いてある・・・。」



彼の代わりにリク君が読み上げました。



そこには「名古屋セントラルタワー一般見学会」

と書いてありました。



「『弊社は開かれた地域への取り組みとして,

地域密着型企業としての在り方を,

より多くの方に知ってもらうために,

弊社内の見学会を実施いたします。

多くの市民の方による参加をお待ちしております。』

だってさ・・・。」


「これはなんですか・・・?」



だぬちゃんもいまいち意味がわかりませんでした。



赤神「君たちにはこの見学ツアーに,

翠川と一緒に参加してほしいんだ。」



翠川という苗字は小早川レオンの仮名です。



「なんだと・・・。

ここって闇組織JFの本拠地だろ!?」


「ちょっと正気ですか!?」



みんなは動揺を隠せませんでした。



「つまりこのツアーを利用して,

一般人のふりをして,

敵の本拠地に忍び込んで情報を集める,

偵察活動をして欲しいってこと!?」



まさらちゃんが赤神氏の言いたかったことを,

全部言ってくれました。



「赤神さん,

やはりこの作戦は止めましょう。

リスクが高すぎます。」



話を隣で聞いていたレオンさんが,

割って入ってきました。



赤神氏は少し考え込んだ後,



赤神「そうだな,

君たちにはあまりにも,

無茶なお願いだった。

忘れてくれ。」



そして,

彼がもう一言付け足しました。



赤神「そもそも君たちを巻き込んだ作戦を,

押してきたのは上層部なんだ。」



「上層部って?」



リク君が聞くと,



赤神「“菊水華”の指揮権自体は俺にあるんだが,

助言と言う形で直属の上司や,

もっと上の西春本部長までもが,

口を出してくる時があってな・・・。」



その内容を語る時,

とても苦々しい表情をしていました。



赤神「今回の話は近衛参事官って方が助言してくれたんだ。

俺は君たちを巻き込むことは気が進まなかったんだが,

“一応聞いてみてくれ”と言われたもんで・・・。」



ここで赤神氏の考えに賛同していれば,

良かったのかもしれません。



しかしリク君は赤神氏の考えに対し,



「ボクは行きたい。

連れて行ってほしい!」



と言いました。



この瞬間から彼らは,

闇組織JFとの全面戦争は,

避けられない事となっていくのでした。



第2話 史上最大の作戦 前編

天獄のバベルシリーズ 第2章
リク君が“バベル”へ向かうことを決意すると,

後に続くように他のメンバーも続きました。



「リク君を一人だけ,

行かせるわけにはいかないもん!」



まさらちゃんが威勢よく言います。



「まさらちゃん,

簡単に言いますけど,

だぬたちでは彼らと戦えませんよ。」


「別に戦う必要はないもん。

リク君たちが怪我をしたら手当てをしてあげるの!」



レオンさんは彼女の必死さに,

いたく感銘を受けました。



「それは助かるよ。

今回は戦いに行くわけではないけど,

念のため救護箱を持っていこうと思っていたんだ。

それを君たちに預けるよ。」



そう言うと,

会議室の奥の控室の戸をあけて,

そこから二つの救護箱と何やら必要そうな物を取り出し,

まさらちゃんたちがいる机の上に置きました。



彼女は持っていたリュックの中に,

それらをしまいました。







「オイラは戦うよ!」



トシ君が自信満々に言うと,



「やめておけ。

俺だって力になれるか分からないんだ・・・。」



イツキ君は彼らの巨大な悪の力を,

身をもって知っていました。



「というわけで赤神さん!

作戦を教えて!

史上最大の作戦をね!」



彼がにっこりと笑うと,

赤神氏は少し考えるしぐさを見せた後,



赤神「わかった。

しかし君たちの身の安全が第一だ。

命の危険を感じたら,

翠川の指示に従って,

速やかにその場を離れるんだ。」



と言って,

作戦を慎重に実行するように念を押しました。



「了解!」



全員が大きくうなずいて返事をしました。



赤神「まず見学ツアーの案内は,

抽選で選ばれることになっているんだが,

すでに人数分の当選チケットが手元にある。」



「ラッキーだね。」



赤神氏が机の上に,

見学ツアーのチケットを並べました。



そこには大人チケット1枚と,

子どもチケット5枚がありました。



赤神「色々なツテを伝ってかき集めたんだ。

本当は大人が2枚分あれば良かったんだが,

1枚しか手に入らなかった。」



「だから保護者はレオンさん一人だけなんだ。」



まさらちゃんは納得しました。



赤神「社内はイヤコムやデジタル機器の類は,

持ち込み禁止だそうだ。」



「それじゃあ,

どうやって連絡を取り合うんだ?」



彼がもっともな疑問をぶつけました。



「これを使う。」



それは先ほど,控室から持ってきた危機でした。



イヤコムに似ていますが,

耳につけるタイプではなく,

服の裏につけるタイプの,

薄い盗聴器のような形をしていました。



赤神「これは“ポケコム”といって,

イヤコムよりもずっと通信範囲は短いが,

周囲からばれにくい特徴を持っている。

こういう時のために,

“菊”が開発した諜報機器だ。」



「すごーい!

なんかあたし達ってスパイみたい!」



彼女がはしゃいでいると,

横に座っていただぬちゃんが突っ込みを入れました。



「みたいじゃなくて,

本当にスパイ活動をやるんですよ。」



赤神「俺はバベルタワーの入り口付近で待機している。

そこからならギリギリ通信可能なはずだ。」



イツキ君が質問をしました。



「それで俺たちは,

何を調べてくればいいんだ?」



それは今回の作戦の本質をついたものでした。



赤神「それは・・・。」



いよいよ彼の口から作戦の目的が,

明かされることになるのです。



第3話 史上最大の作戦 後編

天獄のバベルシリーズ 第2章
少年昆虫団はレオンさんと共に,

闇組織JFの本拠地であるセントラルタワー,

通称“バベル”に見学ツアーに紛れ込んで,

潜入捜査を行うことになりました。



そして赤神氏により作戦の概要が説明され,

さらに潜入先での目的が語られることになります。



赤神「今回の目的は・・・。」



全員の視線が彼に集まります。



赤神「御前の居場所を確認することだ!」



彼らはその説明を聞き,

少したじろぎました。



「御前を探せってことですか・・・!?」

「そういうことなんだ。

奴は今まで表舞台に出てきたことはない。

だから本当にあそこにいるのかどうかもわからない。」



レオンさんが補足説明をしました。



赤神「もし奴らの悪行を白日の下に晒しても,

本人の居場所がわからないのでは逮捕しようがない。」



しかし一つ問題がありました。



ここにいる全員が御前の姿を見たことはないのです。



「かなりの難題だな。」

「もし組織の幹部を見つけて後をつければ,

御前のいる部屋にいくかもしれない。

それに賭けるしかないね。」



レオンさんの友人で組織に潜入している小東,

つまり灰庭氏も御前と謁見したことはなく,

詳細な情報は持ち合わせていないようです。



赤神「もう一つの目的は・・・。」



「まだあるのー?」



トシ君が横から口を挟みました。



「ちょっと黙っていてください!」



だぬちゃんがそれを注意します。



そして改めて赤神氏から,

もう一つの目的について説明がありました。



赤神「ジャファコンツェルンの表の顔である,

安重氏について何かわかれば教えてほしい。」



あわよくば,

彼の悪事が判明すれば,

芋づる式に組織の幹部を逮捕できると,

考えているようです。



「なるほど,

表と裏のトップについて,

調べてくればいいってことね!」



リク君は今回の作戦にやる気になっているようで,

とてもテンションがあがっていました。



赤神「向こうも一般人を多く本拠地へ入れるんだ。

よほどのことがない限り,

無茶なまねはしてこないだろう。」



見学ツアーが開始される時間まで,

あと1時間ほどでした。



赤神「今回の作戦名は“The Longest Day”とする。」



「作戦名なんてどうでもいいよ・・・。」



イツキ君は少し呆れていましたが,



「いいね!

本当に“史上最大の作戦”ってわけね!」





彼はノリノリでした。



作戦会議が一通り終わったので,

県警本部を出ることにしました。



少し待っていると,

レオンさんが車に乗ってやってきました。



レオンさんが運転する車に乗って,

名駅まで向かうことになりました。



後ろからは別の車で,

赤神氏と青山氏がついていきました。



桃瀬氏は別の任務があるようで,

この作戦には参加していないようです。



彼らの車内では,



赤神「あの子たちに万が一のことがあれば,

お前の腕を頼ることになりそうだ。」

青山「俺の出番なんてないほうがいい。」



青山氏はハンドルを握ったまま,

暗い表情でそう言いました。



“菊水華”が立てた千載一遇の,

“史上最大の作戦”は成功するのでしょうか。



第4話 バベル到着

天獄のバベルシリーズ 第2章
名古屋市の中心街にある巨大なビル群。



この一角に世界で三本の指に入ると言われている,

超巨大コンツェルン“ジャパノフォビア”が,

所有するビルがありました。



一般的にはセントラルタワーと呼ばれていますが,

事情を知るものたちは“バベル”と呼んでいました。



バベルとは旧約聖書に登場する伝説の塔の名称です。



天にも届くという大きさで,

神の領域に達することができるとされていました。





しかし聖書の記述では神の怒りを買い,

人間たちに罰を与えたとされています。



少年昆虫団は警察公安部の菊水華という組織から,

このビルへの潜入調査を依頼されました。



護衛にはレオンさんがつくことになり,

赤神氏と青山氏は外で待機することになりました。



表向きは彼らの主催する見学ツアーに

参加するということになっていました。



1階のロビーにはすでに

100人近い親子が集まっていました。



「すごい人だね!」



まさらちゃんは人数の多さに感心しました。



「さすが表向きは世界屈指の企業ですね。」

「そりゃあ学生が就職したい企業ナンバー1に,

もう何十年も君臨しているらしいからな。」



イツキ君がパンフレットを見ながら説明しました。



「レオンさんから真相を聞かされるまでは,

まさか裏で日本崩壊を狙っている,

邪悪な組織だなんて思いもよらなかったよ。」



ふと見渡してみると,

トシ君がいませんでした。



「あの男はどこへ行ってしまったんですかねぇ・・・。」



だぬちゃんが少し心配そうにあたりを探してみると,



「いやぁすっきりしたぁ!」



と言ってトイレから出てきました。



「だと思った。」



イツキ君は彼の行動パターンを熟知していたようで,

全く気にしている様子はありませんでした。



しかしレオンさんが,

彼の行動をたしなめました。



「トシ君,ここは敵地なんだよ。

一人で動きまわったら危ない。」

「ごめんなさい・・・。

どうしてもおしっこがしたくなって・・・!」



ポリポリと頭をかきながら,

彼なりに申し訳がないという態度をみせていました。



そんなやりとりをしていると,

エレベーターのランプが点滅し,

動きだしました。



音が鳴って扉が開くと,

ジャファ系列の広報担当の二人が現れました。



「皆さま,本日は弊社の見学ツアーにご参加いただき,

誠にありがとうございます。」



女性の広報担当が笑顔で丁寧な挨拶をし,

二人揃って深々と頭を下げました。



「なんかすごく感じの良い人たちみたい。」

「あれが奴らの表の顔なんだろう・・・。」



この場で,少年昆虫団だけが

彼女たちのことを警戒していました。



「おそらくあの人たちは,

組織の系列企業の人間で,

裏の事については本当に何も知らないんだろう。」



レオンさんはみんなに聞こえるかどうかの

小声でそうつぶやきました。



いよいよ見学ツアーが始まるようです。



第5話 バベル潜入

天獄のバベルシリーズ 第2章
案内人に連れられて,

見学ツアーのお客たちは長い列を作りながら,

セントラルタワーの中を見学していきました。



社内はイヤコムなどの通信機器は,

持ち込み禁止になっていたので,

事前にロビーで預けていました。



しかし,レオンさんたちはポケコムを

持ち込むことに成功していました。



1階は主にロビーとなっていますが,

会社員や旅行客など多くの人が出入り自由で,

休日は沢山の人でにぎわっている場所でもありました。



その理由の一つにこの場所の真下には地下鉄が通っており,

一般人も利用することができたからです。



もう一つの理由はとても目立つ建物なので

待ち合わせに便利なのです。



さらに中層には展望フロアや飲食店,

ホテルやショッピングができる施設も入っており,

ここで一日を楽しく過ごすことも十分にできるのです。



今回の見学ツアーで全てをまわりきることは不可能なので,

いくつかの場所に絞って案内されるようです。



「しかし広い建物だねー・・・。

迷子になりそうだよ。」



リク君はすでに疲れていました。



体力的には人一倍あるのですが,

どうも人が多い場所があまり好きではないようです。



「ホント・・・

気をつけないといけない人物がいますね。」



だぬちゃんは隣を歩いていた

トシ君の方をちらっと見ました。



「あー・・・,

だぬちゃん迷子にならないようにね!」


「いやいや,

それはこっちのセリフですよ。!」



周りにいたツアー客たちは社内の広さに驚いたり,

内装の美しさに感動したりしていました。



「すごいねー。」

「来て良かったね!」



周囲のどこからも肯定的な声ばかりが聞こえてきます。



中層手前のフロアでは,

アミューズメント事業を案内されました。



様々なテーマパークからゲーム事情まで,

手広く手掛けていることが紹介されました。



「ん?」



トシ君はそのフロアにあったロゴが少し気になりましたが,

すぐに気に留めなくなりました。



「今のところ組織の幹部が,

接触してくる様子はありません。」



レオンさんは服の内側に仕込んだ通信機を使って,

小声で外にいる赤神氏に連絡を取りました。



赤神「了解。油断はするなよ。」



「あ,中層まで来たみたい!」



エレベーターに乗り,

展望フロアの一つ手前で降り,

その階を見学した後は,

エスカレーターを使って登って行きました。



そこには多くのビルが立ち並ぶ景色と

名古屋を一望できる景色が広がっていました。





「ここでいったん休憩を取るそうだ。」



この後はこのフロアでしばらく

自由行動になるようです。



中には売店などもあり,

飲食は自由です。



「リク君。」



レオンさんがリク君にそっと声をかけました。



「ここまでで,

何か気になることはあるかい?」


「いや・・・。

特に無いんだ・・・。」



リク君は首を横に振りました。



「やはりそうか。

オイラも同じ感想だ・・・。」



どうやら二人は組織の誰かがもっと

接触してくると思っていたようです。



ここまで順調に潜り込めていたことを

不思議に感じていました。



「だが,隙はないな・・・。」



イツキ君が会話に入ってきました。



まさらちゃんはお手洗いに行き,

だぬちゃんとトシ君は小腹がすいたようなので

売店で食べ物を買いに行ったようです。



「奴らは自分たちの都合の良い場所しか見せていない。

怪しい場所を探ろうにも,

これだけの団体で動いていたら身動きさえ取れない。」


「たしかに・・・。

そう簡単に探らせてはもらえないか・・・。」



しばらくすると三人が戻ってきました。



フロアはかなり広かったので,

見学ツアー客が窮屈になることはありませんでした。



それぞれが景色を見たり,

おしゃべりをしたり,

写真を撮ったり休憩をしたりと,

自由気ままに過ごしていました。



いよいよ見学ツアーの残り時間も

少なくなってきました。



このままでは何の収穫もないまま,

この場所から去ることになりそうですが・・・。



その時,フロアの中心にあるエレベーターの

一つが動き出しました。



それは関係者以外使用禁止と

書かれていました。



リク君はイスに座りながら何気なく

そのエレベーターを見ていました。



そして,エレベーターが

このフロアで止まりました。



誰かが乗っているのでしょうか・・・。



第6話 神の頂

天獄のバベルシリーズ 第2章
少年昆虫団はセントラルタワー通称“バベル”と呼ばれる,

巨大な高層ビルの中層にある,

展望フロアに他の見学ツアー客と共に来ていました。



彼らはエレベーターからほど近い,

座り心地の良いベンチに座って,

休憩をしていました。



すると,関係者専用のエレベーターが動きだし,

そのフロアに到着して,扉が開きました。



「あれは・・・?」



リク君が何気なく,

エレベーターに目を向けると,

中には誰もいませんでした。



イツキ君が,



「どうした?」



と,彼に声をかけました。



「ねぇ,もしかしてあのエレベーターを使ったら,

組織の秘密を探りに行けるんじゃないかな?」



リク君がそれを指さして言いました。



「なるほど。」

「でも勝手に使っていいのかな?」



彼女が少し戸惑いながら尋ねると,



「君たちはここにいて。」



と,言ってエレベーターへ

向かって行きました。



ボタンを押して扉を開け,

中に入り込むと,

後ろから少年昆虫団も入ってきました。



「なっ!?」

「ここまで来たんですから,

ついていきますよ。」



みんなの意見は一致していました。



「うんうん。

もうおやつも食べ終わったしね。」



トシ君は舌をペロッと出して,

口の周りをなめました。



「そういうことだ。」

「仕方ないか・・・。

危なくなったら逃げるんだからね。」



彼は外で待機している赤神氏に

再び連絡を取りました。



そして現在の状況を確認しました。



エレベーターの内部には,

開閉以外のボタンが一つしかありませんでした。



「押してみるか。」



トシ君は何も考えずに,

そのボタンを押そうとしました。



その時です。



エレベーターの扉が閉まり,

勝手に動き出しました。





「なんだ!何が起きた!?

ボタンを押したのか!?」


「いやいや,

まだ押してないよ!」



どうやらエレベーターは

上昇しているようです。



中央に設置されていたので

外の景色は一切見えません。



そう長くない時間が立ち,

エレベーターは停止しました。



そして扉が開きます。



すると,眩しいばかりの光が

差し込んできました。



「眩しい!」



思わず目を覆ってしまいました。



「暑い・・・。」



一歩踏み出すとそこは,

地獄のような暑さでした。



「ここは・・・屋上か・・・!?」



彼らはエレベーターから出て,

屋上と思われる場所を歩きはじめました。



「間違いない。

ここはバベルの頂上だ。」



エレベーターから20mほど離れた時,

再びそれが動き始めました。



「何だ!?」

「誰か来る・・・!?」



全員がエレベーターに注目しました。



そして,エレベーターは

再びここへ戻ってきたようです。



扉が開きます。



全員が隠れる場所も逃げる場所もない状況で,

ただ中から誰が出てくるのか警戒していました。



???「ようこそ。我がバベルへ。」

???「ここはただの屋上ではない。

神の頂と呼ばれる神聖な場所ぞ。」



現れたのは・・・・。



第7話 天獄のバベル

天獄のバベルシリーズ 第2章
少年昆虫団はほんの少し前までは,

冷房の効いた快適な展望フロアにいました。



しかし,関係者専用のエレベーターに乗り,

到着した場所は屋上でした。



真夏の午後は,

灼熱のような状態でした。



その時,

エレベーターが再び動き出しました。



そして,エレベーターが戻って来て,

扉が開きました。



二人の人物が

中から出てきました。



逆光で顔が良く見えません。



二人の姿はゆっくり,

確実にこちらへ近づいていきます。





「だっ誰か来るよ!」



まさらちゃんはレオンさんの後ろに隠れました。



レオンさんはだぬちゃんやトシ君の前に立って,

万が一に備えました。



リク君は背中に欠かさずに背負っている,

天照と月読という二本の捕虫網に手をかけました。



「なんだ・・・。」





イツキ君は真夏の暑さに関わらず,

冷や汗をかいていました。



そして腕には大量の鳥肌が立っていました。



それほどまでに近づいてくる人物が

発するオーラがすさまじいようです。



ようやくその人物たちの顔を,

認識できる距離まで近づいてきました。





???「ようこそ。我がバベルへ。」



強烈なオーラを放つ人物が口を開きました。





杖を持っていましたが,

立ち振る舞いはしっかりとしています。

一切の隙を見せない人物でした。



「あっ!!」



彼女がもう一人の人物の顔を見て

何かに気付きました。



「あっ!あの老人は・・・!

以前,魚釣りの時にいた・・・。」

「!!」



全員がその顔に見覚えがありました。



石原「貴様ら・・・。

頭(ず)が高い・・・!

頭を下げよ。」





<闇組織JF ナンバー2 石原(カンジ)>



あの時とはまるで別人のような

気迫と形相でした。



「あの男が,みんなが以前,

話をしていた川で出会った老人・・・。」

「じゃあ,隣の人物は・・・。」



組織では“カンジ”と呼ばれている男が

リク君たちに向かって,

もう一度大きな声を上げます。



石原「頭が高いぞ!

ここにおわすお方をどなたと心得る!

間もなく小日本国を統治される神・・・

御前であらされるぞ。」



「あ・・・あ・・・。」





<闇組織JF 現人神“御前”>



その姿はまさに威風堂々,

年齢はそれなりに高く見えますが,

それを上回る気迫とオーラを身にまとっていました。



両手は黒のグローブをし,

右手には金属製の杖を持っていました。



「なんてオーラ・・・。

死んだかも・・・。」



だぬちゃんは震える体から

かろうじて声を絞り出しました。



御前「ここはただの屋上ではない。

神の頂(いただき)と呼ばれる神聖な場所ぞ。

その名も・・・“天獄のバベル”。」



その場所は神の頂き・・・。

一体どういう意味なのでしょうか・・・。



第8話 現人神

天獄のバベルシリーズ 第2章
神の頂と呼ばれる,

バベルの屋上にて,

少年昆虫団は闇組織JFのボスである,

御前と初めて対峙しました。



それは青天の霹靂(へきれき)でした。



「お前が御前・・・!?」



御前「平成のファーヴルよ。

主の話題は幹部から聞き及ぶ。

大義である。」



レオンさんはまずい空気を察したのか,



「リク君!一旦出直しだ。

すぐに幹部たちが集まってくる。」



と,撤退を促しました。



石原「自惚れるな・・・!

御前を前にして逃げられると思うか。

それに心配せずとも幹部は来ない。」



「来ない・・・だと!?」



イツキ君は隣にいるリク君を

見ながらそう言いました。



御前「主たちがここに来ること明白。

その勇気に免じ,褒美を考えた。」



「(何を言っているの・・・?)」



まさらちゃんは,そう思っても,

口には出せませんでした。



御前「目的は余の組織を

斃(たお)すことであろう。

つまりは余の命。」



リク君,イツキ君が御前から一番近い位置に,

そのすぐ後ろにレオンさん,

さらにレオンさんに隠れるようにして残りの三人,

という配置でした。



御前「今,このバベルに,

組織の幹部はいない。

余の命(めい)により出払っておる。

つまり余を斃(たお)す,

千載一遇の機会である。」



全員がまるで金縛りに

あったように動けませんでした。



それは暑さのせいだけではないのでしょう。



御前「これ以上の褒美はなかろう・・・?」



「ふざけやがって・・・!」



イツキ君がこぶしを握りしめました。



「よせ,落ち着くんだ!」



レオンさんがたしなめます。



御前「その前に一つ問いかけよう。

返答次第では争う必要はあらず。」



「質問だと・・・?」



今度はリク君が反応しました。



御前「なに・・・,簡単な二択よ。」



御前は左手をつきだし,

二本の指をたてて見せました。



御前「主たちの活躍は十分に伝わっておる。

ここで失うには惜しい人材ぞ。」



この人物は淡々と語りかけてきます。



しかし一言一言に,

圧力をかけてくるような気配さえ感じられます。



「何が言いたい!?」



御前「余の部下になれ。

さすれば余が小日本を掌握した暁には,

その支配域の半分を譲渡しよう。」



だぬちゃんはこの人物は妄想癖あるのかと,

疑ってしまいました。



しかし,間もなく訪れる現実を知り,

この人物ならそれが実現可能だと

身を染みて知ることになるのです。



御前「もう一度問う。

余の部下になれば小日本の半分を主にやろう。

悪い話ではなかろう。」



だぬちゃん達が固まって動けない中,



「ふざけるなぁぁぁ!!!」



リク君が一瞬にして二本の捕虫網を抜き出し,

一足飛びに御前へ斬りかかりました。



それはかつて見たことも無いような速さでした。



「大地二刀流奥義!

最期の生誕・・・!」



ドォォォォン!!!!





しかし次の瞬間,

激しい轟音と共に,

煙と炎が飛び散る光景が

かろうじて見えました。



その場にいた全員が,

吹き飛ばされてしまい,

身動きが取れなくなっています。



さらに奥から金属に何かが

ぶつかる大きな音がしました。



振り向くと,

リク君は屋上に設置されたフェンスまで

吹き飛ばされ激突しました。





御前「おやおや,

手加減したつもりであったが,

いきなり主力を失ったようだな。」



リク君の体からは大量の煙と,

焼けこげた臭いがしました。



「リク君ー!!!

いやぁぁぁ!!」



まさらちゃんは泣きながら,

彼のもとへ走って行きました。



石原「この方は,現人神(あらひとがみ)。

敵う道理などないのだ・・・。」



リク君を一瞬で失うという,

この絶望的な状況を

乗り切ることができるのでしょうか・・・。



天獄のバベルシリーズ ~第2章~ 完



7篇 天獄のバベルシリーズ 最終章1~10話

第1話 絶望への道

天獄のバベルシリーズ 最終章
そこには信じがたい光景が広がっていました。



屋上のフェンスにぶつかり,

気を失っている少年の姿です。



レオンさんは一体何が起こったのか,

頭の中でもう一度整理しました。



バベルの屋上にて,

闇組織JFのトップである御前と遭遇。



リク君は御前の問いかけに対し,

怒り任せに反撃をした・・・。



そして一瞬で端まで吹き飛ばされた・・・。



「なっ何・・・あの手・・・!?」



まさらちゃんが御前の左手を

指差しました。





「なんですかあれは!?」

「今はリク君の救護が先だよ!

まさらちゃん,

出発前に渡した救急箱は持っているよね!?」



レオンさんはまさらちゃんに

確認を取りました。



「うん,リュックに入れてあるよ!」

「みんな,今からオイラが

指示を出すから良く聞いて!」



レオンさんは大きな声で呼びかけました。



「わかった。」

「(まさに絶望的だ・・・。

この絶望への道を逃れるには・・・。

冷静になれ・・・。)」



彼の脳裏に様々なことが

浮かんでは消えました。



「(今ここで全力で御前に向かっていけば,

“オーバーワーク”になる・・・。

そんなことになればこの子たちに危害が及ぶ・・・。)」



彼は一呼吸おいてから,



「まさらちゃんとだぬちゃんは

リク君の救護に向かって!」

「わかりました!」



二人はすぐにリク君のもとに駆けつけました。



「俺は?」



イツキ君が聞くと,



「稽古でいつもやっている,

1対複数の陣形戦闘形式は覚えているかい?」



と,レオンさんが聞き返しました。



「もちろんだ。」



それを聞いて,



「オイラとイツキ君で御前の相手をする。

ただし,イツキ君はあくまでサポートだ。」



トシ君が近づいてきました。



「トシ君はオイラ達とまさらちゃんたちの

中間点で待機してくれ。

オイラ達の隙をみて,

後ろが狙われないように見張っていてほしい。」

「任せて!」



トシ君がドンと胸を叩きました!



どうやら彼もそれなりに成長しているようです。



「もし,御前が後ろの二人を狙いにいったら,

一秒でもいいから時間を稼いでくれると助かるよ。」



レオンさんはトシ君の頭をなでながら,

そうお願いしました。



「まさらちゃん!

リク君は!?生きているよね!?」



まさらちゃんは,

リク君を抱きかかえて怪我の様子を確認しました。



「うう・・・。」



彼女はそのまま泣き出してしまいました。



「まさか・・・!?」

「大丈夫です!

彼は生きています!

でも意識はありません!」



だぬちゃんが冷静に状況を報告しました。



御前「ほう,生きておるか。

威力を最小限に抑えていたとはいえ,立派ぞ。」



そう言って,

垂れ下がっていた金属製の義手を

元の状態に戻しました。



「その義手に仕込んであった

バズーカで撃ったのか・・・!」

「卑怯だぞ!」



トシ君が後ろから叫びました。



彼の真後ろに傷ついたリク君と

介抱する二人がいました。



御前「しかたあるまい。

主らはここで死ぬことがすでに決まっておる。

それも事故として。」



「何を言っている!」



カンジ氏が代わりに説明を始めました。



石原「貴様らがここに来ることはすでに分かっていた。

この機会に不穏分子はすべて消し去る。

それが御前の御考えだ。」



彼は話を続けます。



石原「そこで"見学ツアーの帰りに交通事故に会って

死亡した"ことにする予定なのだ。」

「俺達の"生き死に"を勝手に

決めるんじゃねぇよ!」



イツキ君はこの二人相手に

一歩もひきませんでしたが,

内心は恐怖で押しつぶされそうに

なっていました。



この絶望への道を,

生き延びるすべはあるのでしょうか・・・。



第2話 神の条件

天獄のバベルシリーズ 最終章
イツキ君は御前の威圧に

対して怯むことなく,

啖呵(たんか)を切りました。



「お前を倒してみんなでここを出る!」



レオンさんは彼の成長がうれしくなりました。





同時に,この少年を絶対に死なせては

いけないと強く思いました。



御前「ではどうする?余と戦うか?」

「それしかここから

出る方法はないだろう。」



今度はレオンさんが前に出ました。



石原「なんとも無知な連中だ。

先ほどの圧倒的な力を見せつけられて,

まだ歯向かおうとするとは。」

「人の生き死にを決めるって・・・?

神にでもなったつもりか。」



彼が皮肉を込めて言うと,



御前「そうだ。」



御前は静かに頷きました。



「神・・・?」



だぬちゃんは心の中で,



「(人が神になる・・・?

そんなことできるわけないでしょ。)」



とつぶやきました。



御前「余こそこの国の神にふさわしい。

神は一人で十分ぞ。

条件を満たす余はその資格がある。」

「資格だと・・・?」



レオンさんが聞くと,



御前「絶対的な力ぞ。

古き三つの力を壊し,

新しき三つの力を手に入れる。

その時こそ,余が神になる。」

「なんか聞いたことあるような,

ないような・・・。」



トシ君は頭が混乱していました。



まさらちゃんは彼らがやり取りを

している間もずっと,

リク君の手当てをしていました。



御前「この国は余の所有物になる運命ぞ。

それははるか昔から決まっていた。」

「何を寝ぼけたことを言っているんだ,

このジジイは!」



イツキ君は今にも

飛びかかろうとしていました。



それをレオンさんが懸命にたしなめます。



「落ち着くんだ。

オイラがあいつの相手をする。

君はサポートに徹してくれ。」



御前は特に構えるそぶりも見せず,

余裕の表情です。



杖も石原に預けたままです。



「やるしかない!」



レオンさんは強力な脚力で

間合いを詰めに行きます。



以前,東條と各務原山で戦った時よりも

はるかに速い攻撃です。



ガキィィン!



レオンさんの上段蹴りを

御前が左の義手で受け止めます。



御前「ふむ。」



表情は相変わらず落ち着いていました。



距離をとると先ほどのバズーカを

撃たれる危険があったので,

間合いを詰めて接近戦に持ち込みました。



レオンさんの脚は隙も

見せない連続攻撃を繰り出します。



御前は防戦一方に見えました。



このまま押し切ることができるのでしょうか。



第473話~第476話

2023/7/15

>
第3話 レオンVS御前 前編 

天獄のバベルシリーズ 最終章
レオンさんはその身軽さで相手を翻弄(ほんろう)し,

隙を与えずに勝つパターンを身に着けていました。



さらに靴は専用の安全靴をはき,

攻撃と防御の両方に隙がありません。



目はいつもにまして真剣で,

まるでオオカミが獲物を狩る時の

眼力がありました。



御前は表情を変えることなく,

両の手でレオンさんの攻撃を受け流していました。



「守るだけしか能がないのか?」



彼が珍しく相手を挑発しました。



御前「それは失礼なことをした。」



そう言った瞬間,

レオンさんの視界から消えました。



老体とは思えぬ動きで,

素早く後ろに回り込みました。



彼が御前を再び視界に捉えた時,

敵の左手はバズーカモードになっていました。



瞬きする猶予(ゆうよ)なく,

それは解き放たれました。



大きな轟音と煙と共に地面がえぐれました。





石原「さすがでございます。」



カンジが御前に賛辞を贈ると,

上空からレオンさんが飛びかかってきました。



どうやらあの一瞬で爆風を味方につけ,

空へ避難していたようです。



「(リク君ほど上空から攻めるのは

得意じゃないんだけどな。)」



強烈なかかと落としが

御前の頭部に命中しました。



「やった!やりましたよ!」



だぬちゃんが喜んだのもつかの間でした。



御前は血の一滴も流すことなく,

平然としていました。



頭部に命中した一撃は,

全く致命傷になっていませんでした。



「完ぺきに決まったはずですよね・・・?」



彼が落胆する暇もなく,

レオンさんは次の一手に出ていました。



空手の心得もあったので,

拳と蹴りをうまく使い分けながら攻め続けます。



「さすがレオンさん。

あの御前を相手に互角!」



イツキ君は少々興奮気味でした。



まさらちゃんはリク君に

声をかけながら手当てを続けます。



やけどした部分を冷やし,

血が出ている個所は止血し,

体が休まる姿勢にして寝かせていました。



「リク君・・・。」



彼女は何度も泣きそうになりながらも

必死でこらえていました。



石原「御前,お戯れはそろそろ・・・。

御時間も限られております・・・。」



カンジは御前に対して,

恐る恐るそう進言しました。



御前「で,あるか。」



突然,御前の動きが機敏になりました。



レオンさんの蹴りを自らの手で止め,

わずかなスキをつきました。



彼が姿勢を崩したのは

ほんのわずかな時間でしたが,

御前は見逃しません。



金属製の義手が連弾となって

レオンさんの体に何発も命中しました。



その威力は今までに

受けたことがないほどの衝撃でした。



必死で防御態勢を取ったものの

かなりの数をくらってしまいました。



「ごほっ・・・。」



目の前に黒い影が刹那の速さで過ぎ去りました。



そのあとすぐ,

頭部に猛烈な痛みを受けました。



回し蹴りが直撃したようです。



高齢を感じさせない機敏な動きに,

そこにいた皆は驚きを隠せませんでした。



倒れこんだ体の下に

足をはめ込み,

力を籠めると,

彼の体が宙に浮きました。



「がはっ・・・!」



その状態から渾身の拳を

みぞおちにくらってしまいました。



彼は苦しそうに悶え,

立ち上がることはできません・・・。



少年昆虫団は総悲観状態でした・・・。



第4話 レオンVS御前 後編 

天獄のバベルシリーズ 最終章
御前の攻撃をまともに受け,

レオンさんはまだうずくまったままです。



「そんな・・・。」



御前「さて,後は簡単な作業ぞ。」



そう言いながら,

イツキ君たちに近づいてきました。



「ヤバイよ!

マジでヤバイ!」



みんなはパニック状態です。



「もうおしまいです・・・!」



その時,



「子供たちに・・・

手を出すんじゃない!!」



なんと,レオンさんが

瀕死の状態から立ち上がりました。



「(はぁはぁ・・・。

もうこうなったら後の事を

気にしてはいられない・・・。)」



彼が何かをしようと動きを見せると,



御前「ほぅ,まだ歯向かう力が

残っておるか。

感心,感心。」



再びレオンさんの方を

向きなおしました。



石原「諦めよ。貴様らは全員,

事故死したことになるのだ。」



彼が大きな声で宣言すると,



「そんなことはさせない!」



レオンさんが反論し,

再び御前に向かっていきました。



その動きは瀕死の状態とは

思えないほどでした。



石原「あれは・・・!?」



驚きを隠せない様子でいると,



御前「菊水華の幹部であればこれくらいは・・・な。」



レオンさんは腰を深く落とし,

まっすぐに拳を構え,

渾身の力を込めた正拳突きを放ちました。



敵は初めて本気でガードの

姿勢を取ったように見えました。



御前「さすが・・・よ。」



「まだまだ!」



レオンさんは隙を見せることなく

徹底的に連続攻撃を続けます。



攻撃がやめば,

後ろにいる少年昆虫団が

餌食となってしまうことが

わかっていたからです。



「情けねぇ・・・。」

「え・・・?」



思わず聞き返しました。



「俺たちはレオンさんや

リクに頼りっぱなしだ・・・。」



力強く握りしめる拳からは

肉に爪が食い込んで,

血がしたたり落ちていました。



「オイラやるよ!」



トシ君が二人の前にでます。



「いや,無理でしょ。

こんな状況でツッコませ

ないでください!」

「何も勝てなくてもいいんでしょ?

リク君さえ回復してくれれば,

なんとかなるよ。

それまではオイラができることと言えば,

時間稼ぎくらいだ。」



なにやらトシ君が少し格好よく見えました。



「ふっ・・・。その通りだ。

何も自分を卑下する

ことはなかったんだ。」



大きな音と共にレオンさんが

吹き飛ばされてきました。



「うう・・・。」



目の前で倒れこんでいる

レオンさんに声をかけます。



「レオンさん大丈夫か!?」



石原「はははは・・・。

例えその能力を解放しようとも,

御前の足元にも及ぶまい。」



相変わらず嫌みの

こもった声で侮辱してきます。



「トシ,準備はいいか?」

「おう!」



トシ君はお腹をポンっ

とたたきました。





「!?」



彼が止めに入ろうした時,

二人は御前に突進していきました。



「まじすか・・・。」



絶望的な状況ですが,

彼らの行動で一筋の光を

見出すことができるのでしょうか。



第5話 幹部たちの動向 

天獄のバベルシリーズ 最終章
御前会議が終わった直後に

御前より勅命が出ました。



それは各幹部に任務や休息を与え,

このバベルから離れよとのことでした。



全員がその勅命に違和感を覚えましたが,

御前にご意向を伺うなど誰もできません。



各々が指示に従い,

行動に移します。



山本はバベル内で待機をしていた

二人の部下と共に大牧山へ向かうことになりました。



車で国道41号線を1時間ほど

走らせると到着する距離です。



道中,車内では・・・。



南雲「御前会議お疲れさまでした。

しかし,なんでまた急に訓練なんて・・・。」

山本「さぁな。」



彼は後部座席に座ったまま

何やら考え込んでいました。



助手席に座っていた古賀が,



古賀「御前にはきっと何か

深いお考えがあるんですよ。」



と言いました。



ちなみに彼らは御前に謁見したことがありますが,

回数は数えるほどしかありません。



準幹部程度では,

御前の存在は遠く,

何度も会えることはないようです。



山本「源田から兵隊を借りてきた。」



どうやら精鋭部隊を使って

何らかの訓練を行おうとしていました。



川蝉の二人は彼らよりも少し

早めにバベルをから出ていました。



車で1時間半ほどの

場所までやってきました。



そこは岐阜県の温泉街でした。





木戸「東條さん,

この前もここに来ましたよね?」

東條「気分転換だよ。

それに温泉は傷の治りを

よくするって言うでしょ。」



二人は前にもこの場所へ

来たことがあるようです。



木戸「俺の傷はだいぶ

よくなりましたよ?」

東條「まぁまぁ。

深くは気にしなくていい。」



東条は部下にそう言うと,

それ以上は何も答えませんでした。



木戸「(正直言うと別に俺は温泉が

そんなに好きじゃないんだよな。

それにここってジメジメするし,

蚊も多いし・・・。)」



藪蛇の二人は豊橋へ向かいました。



この街にはJFの支部があるようです。

駅からほどよい距離にある建物がそれでした。



見た目は一般企業の看板を背負っているので

世間から疑惑の目で見られることもありません。



マヤ「アヤ様・・・。」



マヤが後ろから声をかけました。



アヤ「なあに?」



アヤは振り返ることなく

気のない返事をします。



二人は建物の中に入り,

ロビーを歩き続けます。



エレベーターで最上階へ行くようです。



マヤが意味深に声をかけた理由も,

彼女たちの目的も一切不明でした・・・。



最後は森熊の源田と

キラーの動向です。



二人は完全なオフが与えられました。



キラーは自分の持ち場に戻ると言って,

その場を去りました。



源田はいくつかの精鋭部隊を

山犬へ貸し出す手続きを

行ってからバベルをでました。



大陸製の車に乗り,

南へ向かって車を走らせました。



源田「(オフとはいえ,

我々の脅威になりそうな連中に

ついて調べておく必要がある。)」



御前は幹部たちがバベルに

いない状況を作り出し,

菊の幹部と少年昆虫団を

誘い出しました。



最も長い8月15日が続きます・・・。



第6話 片翼の勇者 

天獄のバベルシリーズ 最終章
バベル屋上の端,

高いフェンスの傍に

まさらちゃんがいました。



弱り切ったリク君に

寄り添うようにして治療しています。



すぐ目の前では御前が迫って起きており,

それをイツキ君とトシ君が止めようとしています。



「逃げろっ!!」



大きな声が響き渡りました。



「リク!?」



イツキ君が後ろを振り返ると,

そこにはふらふらの状態で

立っているリク君がいました。



リク君は近くに落ちていた

二本の捕虫網を手にします。



御前「ほう。ゲームに例える

ならば勇者復活か・・・?」



御前は口元が緩み,

おもわず笑っていました。



イツキ君とトシ君の間をすり抜け,

突進してきます。



「まさらちゃんありがとう。

危ないから離れて!」



そう言って,彼女を遠ざけます。



「わかった。

でも無理しないで!」



御前の左手から繰り出してきた拳を受け,

その直後に右側に避けました。



「はぁはぁ・・・。」

「リク・・・君・・・。」



レオンさんもリク君が

立ち上がったことに気付いたようです。



「状況は不利だが・・・

絶対にここでお前を倒す!」


「大丈夫なんですか!?

ふらふらに見えますけど!」



だぬちゃんが心配します。



御前「その意気や良し。」



リク君は見た目よりも

回復してきたようです。



「とりあえず邪魔に

ならない場所へ避難しよう。」



トシ君はまさらちゃんと

だぬちゃんがいる所へ合流しました。



「絶対に倒す!」



その掛け声と共に,

巧みな連続攻撃を繰り出します。



―大地一刀流 神速の打突―



御前が攻撃を避けるのを確認すると,



―大地一刀流 地を這う虎(アース・タイガー)―



一足飛びに間合いを詰めます。



この攻撃は重心を低くし,

間合いを詰めるのに適しているようです。



しかし御前には届きません。



―大地一刀流 闇の夜月(ムーンライトナイト)―



肩先から斬り下ろしますが

御前はその左の義手で受けきります。



御前「ふむ。心地よい連続攻撃ぞ。」



いつの間にか石原(カンジ)が

御前の隣にいました。



リク君は間合いを計りなおす

ために一度距離を取ります。



石原「御前,お使いください。」



彼は御前が最初,

手にしていた金属製の細い杖を手渡しました。



御前「そこまでの相手か?」

石原「恐悦至極ながら油断大敵かと存じます。」



御前は杖を逆さに持って構えます。

ただの杖ではなさそうです。



御前が正面を向くと

そこにリク君はいませんでした。



―大空一刀流 奥義 

片翼の勇者(アテネ・イカロス)―



真上からの攻撃ではなく,

斜め45度の上空から,

まるで翼が生えた勇者が

舞い降りるかのような出で立ちで

斬りかかる神速の奥義です。



御前はこの攻撃に難なく反応し,

杖を大きく振り上げました。



ガキィィィン!!

バキンッ!!!



大きな金属音と衝撃波が

あたりに響きます。



カキン・・・。



カラン・・・。

カラン・・・。



何かが折れた音と

それが転がる音がしました。



「・・・!?」



リク君の顔が青ざめています。





彼の視線の先には

折れた捕虫網がありました。



第7話 折れた捕虫網 

天獄のバベルシリーズ 最終章
リク君は捕虫網が折れてしまった

事実に戸惑いを隠せませんでした。



「そんな・・・。」



折れたのは月読(つくよみ)の方でした。



「リク君!悲しむのは後だ!

今はこの状況を何とかしないとまずい!」



レオンさんが後ろから駆け寄り,

声をかけてきました。



「うん・・・。

そうだね・・・。」



御前「おやおや,意気消沈ぞ?

まだもう1本残っておるではないか。」



少し馬鹿にしたような口調で

そう言って,高笑いしました。



石原「これぞ,現人神(あらひとがみ)である御前のお力!

下賤(げせん)な人間の貴様たちに叶う道理はない!」

「何が・・・神だ・・・。

オレからしたらお前は日本を

征服しようとする大魔王にしか見えない。」



リク君が渾身の力を

絞って言い返しました。



御前「魔王か・・・。

そう呼ばれるのも一興かもしれん。」

石原「御前,下賤(げせん)な人間の

言うことなどお耳に入れるまでもありません。」



イツキ君がリク君に近づいてきました。



「リク,俺の考えを言うぞ。」



リク君は目にまだ力が戻ってきません。

最初にやられたダメージも残っていました。



「今は撤退だ。

悔しいがあいつに

勝てる奴はこの場にいない・・・。」



イツキ君がそう言いました。



「冷静に状況が分析できていてうれしいよ。

オイラも全く同じ考えだ。」


「うん・・・。

わかった・・・。」



何より相棒を失って気落ちしたリク君に,

これ以上戦わせるのは無理だと思ったからです。



「問題はどうやって

逃げるか・・・だ。」


「確かに・・・。

エレベーターを使うには

あの二人の間を抜けなくちゃいけない。」



現在の位置関係では,

エレベーターがある場所のすぐ近くに

御前とカンジが立っているため,

逃げ出すことは不可能でした。



御前「無駄な打ち合わせはもう良いかな?」



レオンさんが口を開きます。



「オイラが隙を作る。

その間にみんなは逃げるんだ。」


「そんなことできるかよ!

いくらレオンさんでも

あの二人を止めるのは無理だ。」



リク君もその意見に同意しました。



「そうだよ。

オレはまだ戦える・・・。」



しかしその言葉に

覇気はありませんでした。



御前「この期に及んで逃げようとするとは無益ぞ。」



どうやら会話の内容が

ばれてしまったようです。



すると御前は左手の義手を

再びバズーカモードにしました。



「なっ!!」

「おいおい!

またバズーカ砲が飛んでくるよ!!」



トシ君は軽くパニックに

なって騒いでいました。



御前「逃げる暇など与えぬぞ。」



御前は左腕を肩より上にあげ,

右手で左手を支えながら構えました。



次の瞬間,

ものすごい数のバーズカ砲が

そこから放たれていきました。



「逃げろっ!!」



前衛にいた三人はちりぢりに

なってよけ始めます。



「あいつ,

威力を落として数で勝負してきたんだ。」



砲撃は鳴りやむことはありません。



何発かだぬちゃんやまさらちゃんの

いる場所まで飛んできました。



みんなは必至で逃げます。



ボンッボンッボンッ!!



「きゃぁぁ!!」

「やばい!

あんなのに当たったら死にますっ!」



阿鼻叫喚となっています。



「まじで砲撃の嵐だ!

威力を落とすかわりに数撃てば当たる戦法か!?」


「それでも一発一発が

150mmりゅう弾砲級の威力があるぞ!」





トシ君がニワカ知識の

軍事用語を使って叫びます。



そしてどこかの漫画のワンシーンから

盗ってきたようなセリフを吐きます。



石原「ここは地上よりはるか上空。

砲撃の音はただの雷の音くらいにしか聞こえぬ。」



御前の砲撃により,

屋上の地面はどんどんとえぐれ,

損傷していきました。



石原「組織に仇なす連中を

抹殺できるならば安いものですな。」



石原(カンジ)は御前の行動を

傍で静かに見守りながらそう言いました。



第8話 大魔王からの脱出 

天獄のバベルシリーズ 最終章
御前は威力を落とし,

数で勝負した砲撃で

少年昆虫団たちを苦しめます。



「とにかく,オイラが隙をつく!」

「だぬちゃん,まさらちゃん,

トシ!逃げるぞ!」



リク君が合図をかけ,

三人は少しずつ近づいてきました。



レオンさんは御前の間合いに入り,

相手の左腕をつかみ,

砲撃を止めました。



御前「ほう。ここまでたどり着けるとは。」



カンジが御前に

駆けつけようとした瞬間・・・。



イツキ君が顔面に向かって

上段蹴りを放ちました。



石原「小僧。これは何のつもりかな?

年上には敬意を払えと習わなかったか?」



カンジはイツキ君の蹴りを

右手で軽く受け流しました。



「やはり,

こいつも相当強い・・・。」



二人が一瞬だけ相手を抑えているすきに,

三人を連れたリク君が間を抜けて

エレベーターへたどり着きました。



「これで逃げられる!」



だぬちゃんは必死に手を伸ばし,

エレベーターのボタンを押しました。



「やったっ!」



まさらちゃんの表情が少し緩みました。



・・・。

・・・・・。



・・・・・・。



「あれ?」



しかし,エレベーターは

反応しませんでした。



「どうなっているんですか!!」



だぬちゃんが思わず叫びます!



何度も何度もボタンを,

押し続けました。



すると御前が振り向き,

近づいてきました。



レオンさんはその場に倒れこんでいます。

どうやら反撃を受けてしまったようです。



御前「先ほど,うぬらは

余のことを大魔王と呼び捨てた。

まさにゲームの世界ではないか。」



さらに近づいてきました。



後一歩でリク君の攻撃が

届く範囲まで来ると,



御前「知らなかったのか?

大魔王からは逃げられない。」



全員がその言葉に絶句しました。



石原「貴様たちが逃亡できぬように

あらかじめエレベーターにロックを掛けてある。」



一日で最も暑い時間がやってきました。



全員が疲労とケガ,

暑さで倒れそうになっています。



時折,影が彼らを覆い,

熱を下げてくれますがそれも一瞬の事です。



雲の影はやってきては去りを繰り返します。



レオンさんは足元を

通り過ぎる雲の影を見て,

何かを思い出しました。





「そうだった・・・。」



彼はみんなに声をかけると,

自分の近くまで来させました。



御前と石原はあえて手を出しませんでした。



固まっていた方がまとめて

消しやすいと考えたのでしょうか。



「今からこの場から逃げる

ための最終手段を話す。」



彼は額からびっしりと汗を流し,

口からは血が垂れてふらふらの状態でした。



「この状況でどうやって!?」

「かなり危険な方法だが

これしかない・・・。」



果たしてその方法とは・・・。



第9話 決死の飛び降り 

天獄のバベルシリーズ 最終章
御前の圧倒的な力の前に

なす術がありません。



少年昆虫団は撤退を決意します。



しかし,御前はこの場で彼らの

完全抹殺を企てており,

簡単に逃がしてはくれません。



レオンさんはある事を

思い出したようです。



その方法を使えば

逃げられるかもしれないと・・・。



「まずは奴に悟られないように

少しずつ距離を取って後ろに下がるんだ。」


「わかった。」



リク君はだぬちゃんとまさらちゃんと

トシ君をフェンスぎりぎりまで下げさせました。



御前はまだ何もしてきません。



次にリク君とイツキ君も

同じ場所までゆっくりと下がります。



レオンさんは御前と対峙したまま,

少しずつ下がっていきました。



御前「それでどうするつもりぞ?

その先は245m下まで落ちることになるぞ。」




「怖い・・・。」



彼女は震えていました。



「ここまで下がりましたけど,

この後はどうするんですか?」


「まさかここから飛び降りる

なんて言わないよね。」



みんなは先ほどの砲撃でフェンスに

人一人が通れる穴が開いている

場所の前で固まっていました。





「トシ君の言う通りだ。

そのフェンスの穴をくぐるんだ。」


「えっ!?いくらなんでも

飛び降りたら助からないだろ。」



レオンさんは渋る皆を

説得してフェンスをくぐらせました。



石原「まさか本当に飛び降りるつもりか?」



カンジが不機嫌な顔をします。



石原「御前,こやつらどうせ殺されるなら,

ここから飛び降りてジャファコンツェルンの評判を

落とそうとしているのではないでしょうか。」



彼らの所有するビルから集団飛び降り自殺が

起きたとなれば信用はがた落ちだと考えたのでしょう。



御前「それについては“表”に任せる。」

石原「はっ・・・!」



"表"とはジャファコンツェルンの

最高責任者である日暮という人物を

指しているのでしょうか。



「怖いかもしれないけど,

オイラを信じてここから飛び降りるんだ。」


「いやいやいや!

無理ですって!」



だぬちゃんは断固拒否しました。



まさらちゃんが恐る恐る下をのぞくと・・・。



リク君も何かに気付いたようです。



「よし,行こう!」



捕虫網を一本失って

元気がありませんでしたが,

それでもみんなの命を優先して,

気力を振り絞りました。



イツキ君も覚悟を決めたようです。



「だぬは俺に掴まっていろ。」



トシ君はレオンさんに掴まり,

まさちゃんはリクに掴まりました。



一瞬ためらった後,

レオンさんが合図を出しました。



その合図をスタートに,

屋上から足が離れます。



意を決してその場から飛び降りたのです。



「ぎゃぁぁぁ!

怖いっ!!」



石原「本当に飛び降りおった!

すぐに対応せねば!」



カンジは何やら慌てています。



御前は彼らが飛び降りた場所から

視線をずらすことなく見つめていました。



第10話 エピローグ 

天獄のバベルシリーズ 最終章
バベル上空245mから飛び降りた時の

気持ちは何とも得難いものでした。



地上に吸い込まれるような

感覚と死の恐怖を明確に感じました。



まだ短い人生しか送っていませんでしたが,

それでも今までの記憶が走馬灯の

ように流れてきました。



飛び降りる直前,

だぬちゃんやまさらちゃんは

躊躇(ちゅうちょ)しました。



「死にます!死にます!」



イツキ君の腕を必死でつかみ,

叫んでいます。



「・・・!」



全員が覚悟を決めて飛び降りた瞬間・・・。



イツキ君とだぬちゃんの体は

何かやわらかい物に当たり,

落下の衝撃を緩めました。



同時に他のメンバーも落ちてきました。



見渡すと軟らかい素材でできた

物体が一面に広がっていました。



「これが天国か・・・。」

「天国に行けると

思っていたんですね。」



二人はすでに冷静になっていました。



「これは・・・!?」

「そう,これは・・・。」



なんとみんなが

落下した場所は・・・。



「飛行船の上さ!!」

「まさか・・・。」



飛行船はゆっくりと高度を下げ,

近くの広場へ向かっていました。



「しっかり掴まっていてね。

まだかなりの高度が

あるから落ちたら危ない!」



全員は軽い素材で作られた

飛行船の生地をしっかりと掴み,

姿勢を低くして着陸に備えました。



しばらくすると無事に飛行船は着陸し,

待ち構えていたレスキュー隊によって

飛行船の上部から地上に下ろされました。



リク君の捕虫網にはロッケトブース

機能がありますが,1本では不安定ですし,

全員を無事に着陸させることはできないので

“この方法があって本当に良かった”と

思っていたところでした。



そこには赤神氏と青山氏が

待ち構えていました。



赤神「無事でよかった・・・。」



振り返ると,

その飛行船には見覚えがありました。



「あれは・・・。」

「そう!愛知県警が啓発のために

先日から飛ばしていた飛行船だよ。」



飛行船には県警のマスコットキャラである

“ミミズクーちゃんけいぶ(クー警部)”が

描かれていました。





<この世界の愛知県警マスコットキャラ クー警部>



「でもなんであんなところに?」

「バベルに行く前に,

広報課長とすれ違ったでしょ。

あの時に,一応頼んでおいたんだよ。

あのあたりを周回していてほしいって。」

(第458話参照)



みんなはとりあえず

納得したようですが,

まだ飛び降りた時の恐怖が

ぬけきっていませんでした。



「ホントに怖かった・・・。」



レオンさんはこの事を御前との

戦闘に必死で,直前まで忘れて

しまっていたようですが・・・。



赤神「とりあえず警察病院へ行って

診てもらおう。

青山,頼んだぞ。」

青山「了解。」



レオンさんが救急車へ乗る時,



赤神「収穫はあったんだな。」

「ええ。戻ったら

すぐに報告します。」



そんなやり取りをしていました。



リク君は手元に残った折れた月読を眺め,

寂しそうにしていました。



逃げる直前にレオンさんが

拾ってくれていたようです。



「もっと・・・

もっと強くならないと・・・。」



リク君はそう決意したのでした。



一方,御前サイドでは・・・。



御前「バベルの修復と事後処理は任せる。」

石原「はっ!抜かりなきよう行います。」



御前とカンジはエレベーター内で

そんな会話をしていました。



御前「今回はなかなか楽しめた。

また近いうちに会えるだろう。」



二人を乗せたエレベーターは

下へ下へと向かっていくのでした。



天獄のバベルシリーズ ~最終章~ 完







シリーズ別へ

TOPページへ